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モリタヤスノブログ3.0

九州産業大学経済学部 森田泰暢のブログです。のらりくらりキラリ。

「キャリア教育、大学と企業の意識のズレ大きく」って記事

関西に帰省しております。深夜番組を見ているととても落ち着きます。夜中にこそ地域性のある番組があるようには感じますね。
ネットが発達すればどの地域の番組をどこでも見られるようになりそうなので、ある地域でしか見られない番組っていうのは時代に逆行する発想かもしれませんが、ローカル放送局のブランドを育てるにはそこに力いれるしかないかもなぁとも思いつつ。

ま、それはさておき。

少し前、2月14日に、こんな記事がありました。
(またバレンタインやんか)

キャリア教育、大学と企業の意識のズレ大きくmsn産経ニュース

大学で実施している就職対策の項目と、各項目について企業が有用と評価しているのか、というアンケート結果が掲載されていました。
結果は次のとおりです。


(上記ニュースから引用)

エントリーシート対策、面接対策、能力・適正試験対策は有用でないと企業が評価しておりますね。

インターンシップ、社会人の講演、んーあとはちょっと曖昧ですがキャリアデザイン(ライフデザインっていうイメージなのかな)、討論の練習、自己分析・理解は有用としています。


この結果の中で、個人的に気になったのは「資格取得支援」です。
ここが微妙に評価分かれるところですね。
大学としても比較的支援しないし(75%)、企業も「んーどうかなー」程度(53%)。

なんか、「資格とっても就職に直接つながるわけじゃないよねー」って感じが少しありそうですよね。

でもここに意識の問題が含まれてるように感じました。

取得しただけじゃ就職できない、ってことは、日本では
「資格取得=スキル獲得」ではないってことです。

資格取得は、その目標の高さと取得プロセスにこそ意味があります。
何か勉強してみようと思い、何度も同じ参考書を粘り強く学習し、先生をうまく活用しながら不足点を埋め、ギリギリ我慢強く取り組み、そして機会が限られている試験のタイミングに向けて目標達成レベルまで引き上げていく、ってのが大切なわけです。

つまり、「どの資格をとったか」だけじゃなくて「なぜ、どうやって、どのレベルの資格をとったか」なんですよね。

動機、プロセス、結果(学んだこと)までを語るように出来ることは大切です。
だから、「自己分析や自己理解」と呼ばれる項目は企業だって評価しています。
「簿記3級とったから経理で活かしていきたいです」は、薄っぺらい面接対策やエントリーシート対策の例だと思います。

で、プロセスを語ることを考えますと、資格ってのは、
「自分が今できそうなものより、目標達成難易度が多少高いか」
ってのが大事なわけです。
いかにそこまで、自分を引き上げたか、なんですから。

でも、どの資格の、どのレベルが、自分が達成しにくそうなものかなんて、学生が自分自身で理解することは難しいと思います。

だから大学が支援をする必要があります。

そうなると、大学側が「その大学の学生にとって、どの資格がちょっとレベル高いものなのか、を理解できているか」、が重要になります。

となるとこれはもう、カリキュラムの話です。

育てたい人材像があり、そこまで伸ばすにはどうするのかを、デザインできているのかっていう話です。

育てたい人材像の中に、その資格取得はどう位置づくのか(もしくは位置づけないほうがいいのか)、どんな壁を登らせて、どう越えさせるのか、を、講義や講義外時間を使って、うまくデザインしなければいけないんです。

キャリア教育ってのはカリキュラムデザインですよね。
キャリアデザインなる講義ひとつの中で、「キミの強みはこれだ!」「軸はこれだ!」「わーそうかもー(キラキラ)」みたいなことでは何ともならんですし。


「どの学生にどの資格を取らせるのかが分かる」状態を作る。
(言うのは簡単で、やるのはめっちゃ難しいですが)

資格取得支援の位置づけが曖昧になるのは、カリキュラムデザインがやや曖昧になっているってことだろうなと感じています。
面接対策やES対策も、カリキュラムの外でやるので、思った以上に効果は出づらいんだと思います。

カリキュラムの中に、プレゼン演習やディスカッションがあったり、ひたすらインプットの講義も、あんまり興味ない講義のレポート課題も、部活も、ホームステイもあったりして、その総体としてESの中身や面接の質を高めていく。

もちろん長期的な話で、短期的には面接やES対策をいかに企業が有用でないと言おうと、実施しなければならない部分は否めないと思います。でも、大学の存在意義が問われる時代なので、早く長期的な課題に取り組まなければいけないですね。

この資格取得支援が、どことなく優先度が下がっていて、これから宙ぶらりんになっていきそうなところに、企業と大学のキャリア教育の差が埋まりづらい要因を感じたというわけでございました。