モリタヤスノブログ3.0

森田泰暢のブログです。福岡大学商学部の教員でヒマラボの代表理事でもあります。思えば遠くへ来たもんだ。

20210316 ゼミ説明会も始まっていくみたいだしゼミの話

あっという間に新年度直前。
3月16日はゼミ説明会。いわゆるゼミ選考の手続きの話だけではなく、キャンパスにほぼ来られなかった新2年生のつながりもできたらいいよねと、学生によるゼミ説明の場も少し前倒しで。15-20ゼミくらい参加するのでしょうか。ちょうどいい機会なので自分のゼミのこともまとめようと。

ゼミでは何をしているのか

2年生は企業とのプロジェクトが多いです。

産学連携のプロジェクトも結構やってきました。昨年からは就職活動、組織、採用といったテーマでの学生対象の音声コンテンツ作り(ラジオみたいな)や関連するリサーチに取り組んでもらっています。コンテンツは作り始めで慣れてないけど頑張ってくれています。

3年生はプロジェクト(継続や自主的)をやったりリサーチ活動に取り組んだりです。

過去は2年時とは異なる企業とのプロジェクト(LION社、ニューオータニ九州社など)に取り組んだり、リサーチに基づいて模擬店の企画をしてもらったり。昨年はコロナ禍もありましたが、独自のワークショップや個人プロジェクトの共有など各自でうまく時間を使ってくれていたと思います。

(こんなワークショップも3年生が独自に企画してくれたり。コロナ禍でも頑張ってくれました)
shinkansen.hatenadiary.com

2021年の新3年生は卒論書いた学生からのフィードバックも活かして、基本的なインタビューや観察調査とアンケート調査に取り組み、卒論前の基本的な調査法を学ぶ機会を作ろうと思います(音声コンテンツも作ってね)。
その他にも、古典、哲学、旅、音楽など教養的な内容を学ぶ機会も作っています。

4年生は卒論執筆です。

テーマは基本的に自由ですが、組織に関連するものはアドバイスがしやすいです。過去のテーマですと、就活面接におけるオンラインコミュニケーション、オンラインでの助け合い、会話における「なんか」の使われ方、マンガのセリフが人の行動に与える影響、金魚にまつわるペット史、動物園での学習効果が高まるパンフレットデザインなどです。組織の話どこいった。

あと全員ブログ書きます。重要。ゼミラジオもやってもらおうと思います。

ゼミではどうやっているのか

2020年までは2年生はグループ形式で企業との連携、3年生はグループ形式(企業と連携したりしなかったり)、4年生は個人研究という形式でした。
2021年は、2年生はグループ形式で企業との連携とコンテンツ作り、3年生はゼミ内でグループ形式かつグループ対抗、4年生は個人研究を予定しています。

これまでの企業連携はMIZUNO社、LION社といったメーカーとの連携もあれば、イーケイジャパン社や福岡情報ビジネスセンター社といった福岡の企業との連携もあります。
音声コンテンツ作りは制作方針の策定、学生へのリサーチ、コンテンツの企画、招待するゲスト(OBOG、企業人事、先輩など)の調整、収録、編集までです。実際はこんなに一直線には進まないのでいったりきたりの試行錯誤です。
リサーチ方法にはUXリサーチなどで使われる手法も扱いながら基本的にはユーザーを知るためのありとあらゆる手段をなんでも使ってやってもらいます。

新3年生には共通テーマを提示するのでそれをグループごとに考えて1年かけてのゼミ内対抗戦をしてもらいます。審査員には外部からゲストを招きます。
卒論に向けて基本的な調査方法も知っていきましょうという時間にしていきます。
教養については、学内学外から面白い先生を招いて教えていただきます。絵巻物を読んだり、哲学対話したり。

卒論は個人でテーマを作って毎回発表しながら練っていきます。新4年生は大学院に進みたい学生もいたり、深い原体験を持った芯の強い学生が多いので非常に楽しみです。

ゼミではなぜそれをやっているのか

これ重要ですよね。「何を」「どうやる」ばかりに目が向きがちですが、なぜと問うこと。
(2年前、「質問あるのですがいいですか?」となぜ系の問を20個持ってこられて焦ったので予め対策です)

流れを見ていくとわかるように、学年を経るごとに「実践の程度」はどんどん落ちていきます。なぜでしょうか。
それは最後の卒業研究に向かって進んでいくからです。

「勉強」が既存の知を獲得・習得・修得するイメージだとすれば、「研究」は新たな知を生むことです。(勉強も大事ね)
未来が読みにくい時代ですから、自分でテーマを、自分で方法を、生んでいくことが大事になります。社会変えたいみたいな大きな話ではなく、「俺は最高の朝ごはんを作れる人になりたい」というものでもよくて。何にせよ自分で生めるか。

良いテーマを生むには普段から良く問えるか、です。良く問えるかは自分が持つアンテナの感度に幅があるか、ですね。
極端に言えば「包丁のうまい使い方はわかったけど、何の料理を作ったらいいかわからない」みたいなことが増えています。方法論を知りたがるけど(就活テクとかね)、どうしたいか(どう生きていきたいか)は考えない。自分で生みだした方法論はホント強いですけどね。
料理も幅広く知らないとどんな料理がいいかわからないですよね。2日間毎日500円のランチを食べるのか、100円と900円のランチを食べるのかでも幅は広がる。
それと同じで、何かを生もうとしたり、イメージを作ろうと思うと、コスパを考える前に幅広く知ろうとしなくてはなりません。
そういう時に、教養的な科目の「コスパは読めないけど、人間について様々な切り口で問を持ち、知ろうとしている」という特徴はとても良いんです。だから触れておく。

新3年生の時に方法論に触れるのは、「包丁の握り方の基本形はこれでいいですか?」という質問が4年生から良く来ていたからです。私から見てるともう自由に握って裁ける力はあると感じていても、もう少し基本として稽古もいると今年卒業する4年生からフィードバックをもらったためです(こういうの良い)。卒論ちゃんと書こうとしたからわかることなんだけど。

今年からグループ間対抗にしているのは、プロジェクトベースだとグループ間の相互作用がやや少ないんですね。プレゼン先が別の企業だったりするからお互いに話し合う共通の話題も減ったり。もう少しそこは増やそうかなと。対話できるとより深まりますから。

さて、じゃあなんで2年生の時に実践をするのか、という話で。

それは実践はいかに自分が深く人の話を聞いていなかったり、何も見ていないのか、考えていないのかが体験的にとても良くわかるからです。チームで納期が迫る中、試行錯誤を重ねて身体としてなんだかモヤモヤを感じるのが重要。そこで初めて少し、普段から問いつつ考える大事さの意味もわかります。限界まで考えて疲れることが2年生は多いです。音声コンテンツは自分で試作して編集をし、完成したものを聞いてまた振り返るなど、何かを生み、試行錯誤しやすく、モヤモヤも残ります。作るハードルも低いので上記の狙いとも合いやすいなと考えます。

卒業研究 → 研究方法と問い → 問う準備としての実践、が逆から見た姿です。

ゼミでは「実験精神」「迷ったらGO」「模索体力」をキーワードにあげています。
成功か失敗かではなく、実験と学習の連続であるということ。迷うなら幅を広げる一歩を踏むこと。あれもやってみる、これもやってみる、やりながらデータをためて分析していく体力をつけること。研究的な姿勢を持つためにあるといいな、ですね。良く生きるためでもあります。

3年生以降は割とゼミの外で実践機会を持ったり作ったりする人が多いなと思います。

なぜブログを書くのか

ゼミではブログを全員持っています。全員に書けというのでブログハラスメントとさえ呼ばれています。なぜ書くのか。

一つ目は自分の状況を記録するものであること。これは良い記事を書けという意味ではありません。その時の事象と感情を「記録」する。「気づき」と「学び」は後からでも良いのです。出来事と気持ちはすぐに忘れるのが人間です。いくつか書き溜めたものを後から読んで、「あ」と気づくものです。なので、想定読者は「未来の自分」です。うまく整理されたものは必要がない。編集されたフィールドノートはいらない。

二つ目は他者の状況を知るものでもあること。同じプロジェクトに参加し、同じ時間を同じものを見ながら過ごした仲間はいったい何を記録して何を感じたのか、を自分と比較することです。比較しないとなかなかわかりません。料理だって、サイゼリアも街角の渋い洋食屋も高い寿司も食べて比べないとわからない。みんな書いてると比較ができます。人が書いたものを読んで、まるで自分の思考だと錯覚するのが一番やばい。自分も書いて人のも読む。自分の意見を持って、他者に接する、ですね。

三つ目は私が状況がわかるということ。私が皆さんに伝えたことをどう理解し、感じるのかだったり、プロジェクトの状況がどうかわかったり(良い誤配の場合もありますが)。ボーリングでいうと、このまま転がったらガターになることは投げ始めの少しのズレでわかったりします。投げ始めのズレを早めに伝えれば、その失敗にも気づき、でも次の一歩も踏めるのでまた新しい経験ができる。投げ始めを放置してガターに落ちてから振り返っても、「最初の投げ始めがダメだったね」で、投げ始めからガターまでの経験から何も学べないことが多いです。失敗はすればよいというものではありません。

などなどまあ他にもあったりするのですが、この辺りが理由です(書いてね!)

今年からはゼミラジオもやってほしいなと思っています。雑談でいいので。ブログは割と自分の内省に良いのですが、もう少し他者との対話もあったほうが深まりそうだなと。個人で内省し、対話で昇る。そんな感じになるといいな。

ゼミではどんな人がそれをやっているのか

何を、どうやって、なぜ、と来たら、どんな人?ですよね。
印象としては落ち着いていたり控え目に映る人は多いかもですね。内向性は高めかも。でも何かこだわりはあります。他者は認めるけど私は私。一緒にやろうよ、とか、いいね私もやる、とかまではレアケースな気がしていて、あなたの大事な領域に入れてくださいとは言わないし、私も入れと言わない、みたいな。私は結構好きです。あ、でも一緒にやる系もあったかな。

やりたいことがある人はうちじゃなくてもいいかな。最初から語れる人もうちじゃなくていいかも。何かを紡ぎたい人はいいのかな、わかんないな。

毎年やることも募集内容も選考の仕方も変えていて、それでもいる人のタイプは似ています。ふっしぎー。なんやかんやと最後は私が選んでるからそうなってるんだろうなと思います。研究室訪問の段階でも、他ゼミ勧めたりすることもあるしで。

私は何がやりたいのか

いま私は一般社団法人も作ったり学内に新しい研究センターも作ろうとしたりなのですが、上記でも書いたように「研究すること」ってとても大事な世の中だなあと思っておりまして。
で、九州には学問の神様、いるじゃないですか?太宰府市に。国立博物館もあれば、歴史や考古学など教養系もたくさん。すごくいい文脈を持った街ですよね。

だから私、太宰府で色々やりたくて。市民が研究したり、自分の好奇心について語り、学んで交流する場所を作ること、ですね。そういう仕掛けをやっていくので、太宰府に一緒に来てくれて一緒にやってくれる人はぜひ(いや一緒にやろうよと言うんかいと)。2017年から考えてきて、2021年からようやくやっていけそうなのです。

と長々と書きましたが、まあ楽しくやろうよってなもんですね。

それでは次回「ゼミ説明会の感想など」。サービスサービス!